大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成3年(行ケ)321号 判決

兵庫県神戸市中央区港島中町4丁目1番1

原告

株式会社ダイエー

上記代表者代表取締役

中内功

同訴訟代理人弁理士

網野誠

同訴訟代理人弁護士

小野昌延

同訴訟復代理人弁護士

斉藤方秀

東京都武蔵野市吉祥寺南町1丁目2番2号

被告

星野智衛

上記訴訟代理人弁護士

雨宮定直

同訴訟代理人弁理士

井沢九二男

主文

1  特許庁が、同庁昭和56年審判第19745号事件、同第19753号事件及び同第19765号事件について、平成3年10月17日にした各審決をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

(1)  原告の請求をいずれも棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、第29類に属する茶、コーヒー、ココア、清涼飲料、果実飲料、氷を指定商品とし、「ダイエイ」の文字よりなる登録第896798号商標(昭和42年3月9日出願、昭和46年4月28日登録。以下「本件商標1」という。)、「タイエ」の文字よりなる登録第914889号商標(昭和42年4月4日出願、昭和46年7月31日登録。以下「本件商標2」という。)及び「ダイエ」の文字よりなる登録第914894号商標(昭和42年4月4日出願、昭和46年7月31日登録。以下「本件商標3」という。)の各商標権者である。

原告は、昭和56年9月29日、本件商標1及び3に関し各指定商品中茶、コーヒー、ココアにつき、本件商標2に関し指定商品中清涼飲料、果実飲料、氷につき、それぞれ不使用取消審判を請求したところ、特許庁は、本件商標1に係る請求を昭和56年審判第19745号事件とし、本件商標2に係る請求を同第19753号事件とし、本件商標3に係る請求を同第19765号事件として、それぞれ審理した上、平成3年10月17日、各事件について、いずれも「本件審判の請求を却下する。審判費用は請求人の負担とする。」との審決をし、その謄本は、昭和56年審判第19745号事件につき平成3年12月4日、その余の事件につきいずれも同月2日、原告に送達された。

2  本件各審決の理由の要点

商標法第50条に規定する商標登録の取り消しの審判を請求し得る者は、登録商標を取り消すための利益がある者によってのみ請求し得ると解されるところ、これを本件についてみると、請求人(原告)が、利害関係を有する根拠とした昭和56年商標登録願第40497号は、本件各商標並びにこれと連合する登録商標を引用し商標法第4条第1項第11号に該当するとして昭和58年3月11日付で拒絶査定がなされ、該事件はすでに確定していることを確認し得た。

さらに当審において職権をもって調査したところによれば、請求人(原告)は「ダイエー」の片仮名文字よりなる商標を第29類に所属する商品を指定して登録出願(商願昭63-34068)をなしていることを確認し得たが、該事件も、平成1年9月29日付で拒絶査定がなされ、それがすでに確定していることが判明したばかりでなく、請求人(原告)は、他に利害関係の存在を主張するところがない。

してみると、請求人(原告)は、本件審判を請求することについて、直接かつ具体的な利益を有するものとは認められない。

したがって、本件審判の請求は、利害関係を有しない者によりなされた不適法なものとなったものといわなければならないから、商標法第56条において準角する特許法第135条により、却下すべきものとする。

3  本件各審決を取り消すべき事由

本件各審決は、商標法第50条の規定による登録商標の取消しを求めるために必要な利害関係を有する者についての解釈を誤り、本件各審判の請求が利害関係を有しない者によりなされた不適法なものと誤って判断したものであるから、違法として取り消されなければならない。

(1)  商標法第50条の規定による登録商標の取消しを求めるために必要な利害関係は、自己の登録出願中の商標が該登録商標と類似し、指定商品が抵触するたあに、商標法第4条第1項第11号の規定により登録拒絶を受けるおそれがあれば足り、現実にその拒絶理由通知を受けることは必要ないと解されている。

このような登録出願中の商標の存在は、本件各商標の存在を争うについて民事上一般に利害関係があるとされるための要件、すなわち本件各商標が存在することによって原告の経済活動上必要な権利の行使が阻害されるおそれがあり、あるいは原告が経済活動上客観的に当然取得を必要とすることが認められるような権利(登録商標)の取得が不可能であると判断されるような事実が存在することを要し、かつ、それにて足るものであるとの条件を充足していることの、一つの具体的な事例であるからである。

したがって、仮に現にそのような具体的な事例が存在していないとしても、原告が第29類に属する商品を含む多種類の商品を販売するスーパーの最大手の会社であり、これら商品について「ダイエー」の文字を商標として使用し取得する必要があるとの事実、あるいは、そのような商標を使用した場合に本件各商標を侵害するものとして、その商標の使用を被告により妨げられるような事実が存在すれば、原告は本件審判を請求するについて利害関係があることは明らかである。

原告は、昭和57年5月15日付提出の弁駁書において、そのような事実を主張しているにも拘らず、本件審決は、「他に利害関係の存在を主張するところがない」としているものであるから、本件審決はこの点において判断の前提を誤まるものであり、違法である。

(2)  しかも、本件審決は、本件審決がなされる以前において、原告の登録出願にかかり、本件各商標との関係において第4条第1項第11号に該当するものとして拒絶されることが明らかな商標の出願が現に係属しているにも拘らず、これを見落して本件各商標と抵触する出願が係属していないことを前提として判断している。本件審決はこの点において事実を誤認して判断したものであり、違法であることは明らかである。

すなわち原告は、本件審決が挙げる2つの出願について拒絶査定が確定後、平成3年9月16日、すなわち本件審決がなされた同年10月17日より1ケ月以上前であり、かつ本件審決について結審通知が発送された同年9月19日の3日前に、「ダイエー」の文字よりなる商標(商願平3-95985)及び「Daiei」の文字を要部の1つとする商標(商願平3-95979)であって、第29類に属する商品のすべてを指定商品とする商標を出願している。

したがって、本件審決がなされた時点においては、本件各商標と商標が類似し、かつ、その指定商品を同一にする原告による商標登録出願が係属しているのであるから、本件各商標が存在するものとすれば、該登録商標との関係において明らかに商標法第4条第1項第11号に該当するものとなされるおそれがあるものである。よって審決がその前提とすると解される論法によるも、原告が本件審判を請求するについて利害関係を有するものであることは云うを俟たないところである。

第3  請求の原因に対する認否及び主張

1  請求の原因1及び2の事実は認める。

2  本件審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。

(1)  不使用による商標登録取消審判(商標法第50条)というものは、当該商標登録自体に内在する本来的、根源的な瑕疵欠陥を原因として請求する商標登録無効審判(商標法第46条)とは異なり、商標登録自体には何ら本質的な瑕疵欠陥は存在しないが、商標権者等による登録商標の使用義務違反(一定期間の継続的不使用)という後発的かつ一時的な事由を取消請求原因とするものである。また、同法第51条の取消審判の場合と異なり、登録商標の不正使用に対する攻撃ではない。

不使用による取消審判は、不使用の登録商標を放置しておくことは、該登録商標と同一又は類似の商標の他人による使用を排斥して、その営業活動を阻害しているということにおいて、商標登録の制度の目的に背馳することになるから、請求により当該登録商標の商標登録を取り消し、当該他人による同一又は類似の商標の登録取得並びにその使用を可能ならしめ、もって制度目的を達成させるという点において、間接的な公益性の一面を有していることは否定できない。

しかし、それはあくまでも当該登録商標と同一又は類似の商標の使用を企図する他人の私的利益を保護することを基礎とするものであって、公益的側面はその反射効として実現されるものとする制度である。

したがって、すでに登録要件についての厳正な審査を経て、適法に登録されている商標につき、その商標登録取消しの審判を請求するについては、これを請求するための競業者としての個別・具体的、直接・現実的な法律上の利益を有していなければならない。

(2)  これを本件についてみるとき、原告は、審判請求理由として本件各商標を引用されて自己の商標登録出願につき拒絶理由の通知受けた事実ありと主張した。しかし、この取消審判の係属中、原告のした商標登録出願は拒絶査定を受けた。しかも、この拒絶査定は、取消の手続である審判の申立てもされることなく確定した。したがって、審判請求人である原告と審判被請求人である被告とは、すでに一切の利害関係を失い、審判請求事件は実質上は放棄されたものとして他の手続を講ずる必要はなしとして、審理終結を迎えたのである。

そして、この審理終結の時点において、原告においては審理再開の申立をすることなくこれを放置しておき、よって前述した状況(審判請求事件は利害関係の喪失により実質上は放棄されたものとなった状況)を被告に信じ込ませておき、審決取消請求手続の現在に至って、突如として、これまで何ら主張していなかった新たな利害関係の存在(新しい商標登録出願)を抜き打ち的に主張するものであるが、このようなことは、信義則に明らかに違反し、許されない。

また、原告が、本件各商標と同一又は類似の標章をその商号として、大規模小売業を行っていることそれ自体は、本件不使用取消審判請求をするについての個別・具体的、直接・現実的な法律上の利害関係とはならない。

すなわち、原告が自己の小売業を行うについて、必ずしも本件各商標と同一又は類似の標章を商標として採択し、使用しなければならない法律上ないし事実上の必然性はなく、また本件各商標を取り消したからといって、そのことによって原告が直接かつ現実に法律上の利益を受けるというものでもない。

(3)  なお、不使用による商標登録取消審判というものは、前述のとおり、特定のある期間(取消審判請求の登録前の3年間)における商標権者等による登録商標の使用義務違反ということを請求原因とする手続であって、絶対的登録要件違反を請求原因とするものではなく、前記した使用義務違反は、当該登録商標の使用を開始することによって治癒しうるものである。また手続は、私的性格が支配的で、公共的な性格はあるにせよ、薄弱である。

それにも拘らず、当事者間における手続の衡平の観点から、商標権者側における取消審判請求の登録後の使用によって、取消を免れることはできないとされている。すなわち、審理対象とすべき要件事項は全て特定の時点ないし期間内におけるものに限定されている。

かかる性格の手続である不使用取消審判請求事件においては、攻撃をしかけた請求人側に要求される手続資格要件についても、前述したところとの衡平をはかる意味において、当該不使用取消審判請求の時点において具備していたか否かを判断すべきであり、かつその特定された要件事項が審理終結時点あるいは審決の当否を判断する事実審の口頭弁論終結の時点においても依然として有効に維持されていることを要すとすべきである。

加えて、不使用取消審判においては、請求人は、何時にても審判請求をなし得るし、時期を異にして重ねて審判を請求することができる。他面被請求人は、不成立の審判を得ても、新たに権利を取得するものではなく、請求の認容の審決がなされるならば、その権利を失う、という性格をもつ手続である。

以上からみるならば、不使用取消審判における請求人の利害関係の有無の判断においては、特に慎重かつ厳格な態度が必要である。この点を軽視して、他の類型の審判の場合と同様な原則を採用すべきではない。

よって、本件取消審判請求事件の審理終結時点において、何ら主張されていない新たな利害関係の存在を審理再開の申立をするでもなく放置したまま、審決取消請求手続の今の時点に至ってはじめて主張することは、根本的にいって前述した衡平の原則に違反して許されない。また、利害関係に関する主張は請求原因事実の主張と同様、被請求人に対して答弁の機会を与えなければ、商標法第56条で準用する特許法第134条の規定に明らかに違反しており、許容されるべきでない。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

1  請求の原因1及び2の事実(特許庁における手続の経緯及び本件審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

2  そこで、審決を取り消すべき事由の存否について検討する。

(1)  商標の不使用取消審判請求における請求人の適格については、商標法には何らの規定も設けられていないが、同審判は、独立の職権を有する審判機関が司法手続に準ずる手続によって審理判断するものであり、請求人において不使用商標の取消しを求める法律上の利益を有しないときは、審判請求をすることができないというべきである。

したがって、請求人は、当該不使用商標の取消しにつき利害関係を有する者に限られるというべきであるが、この利害関係を有する者とは、当該不使用商標の登録が存在することによって直接不利益を被る関係にある者と解すべきであるから、登録出願した商標が当該登録商標と類似するとして、商標法第4条第1項第11号の規定により登録が拒絶された場合はもとよりのこと、登録出願中の商標が当該登録商標と類似し、指定商品が抵触するとして、同様登録拒絶を受けるおそれがある場合のほか、自己の使用する商標が当該登録商標に類似するとして当該商標権者から商標の使用差止めあるいは損害賠償等の請求を受けるおそれのある場合には、利害関係を有する者と解することができる。

(2)  これを本件についてみるに、原告が商標登録出願した商願昭56-40497号及び商願昭63-34068号が、いずれも本件各商標を引用して拒絶されたことは当事者間に争いがない上、成立に争いがない各事件の甲第2号証の1、同第3号証の1、2、弁論の全趣旨によって原本の存在と成立が認められる甲第4号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和42年7月1日、原告がその販売する商品について「ダイエー」なる商標を使用しているとの理由により、被告から被告が登録を受けた商標(本件各商標が連合し、旧第44類に属する商品を指定商品とする商標を含む。)にかかる商標権を侵害するものであるとの通告を受けたこと、原告は、本件審決がされる前で、かつ、各事件につき審理終結通知が発送される前である平成3年9月16日、「ダイエー」の文字よりなる商標(商願平3-95985)及び「Daiei」の文字を要部の1つとする商標(商願平3-95979)であって、第29類に属する商品のすべてを指定商品とする商標を出願していることが認められ、いずれの事由をとっても、原告が本件各商標の不使用取消しを請求する利害関係を有していることは明らかである。

(3)  被告は、原告の主張する昭和56年及び昭和63年にされた商標登録出願は拒絶査定を受けたにもかかわらず、審判請求がされることなく確定したのであり、審判請求人である原告と審判被請求人である被告とは、すでに一切の利害関係を失い、審判請求事件は実質上は放棄され、他の手続を講ずる必要はないとして、審理終結をむかえたのである旨主張する。

しかしながら、前記のとおり、原告が昭和56年及び昭和63年にした商標登録出願は、いずれも本件各商標を引用して拒絶されており、しかも、原告は、被告から被告が登録を受けた本件各商標と連合する登録商標にかかる商標権を侵害するものであるとの通告を受けているのであるから、本件各商標が存在し、原告において本件各商標と類似する商標の取得の意思を有している限り、原告がした商標出願が拒絶査定を受け、審判請求をしないままこれが確定したとしても、このことをもって原告が利害関係を有しなくなったとはいえない。

なお、被告は、審決取消請求手続の現在に至って、突如として、これまで何ら主張していなかった新たな利害関係の存在(新しい商標登録出願)を抜き打ち的に主張することは、信義則に明らかに反し許されない旨主張するが、本件においては、被告主張の事情を考慮しても信義則に反するものとは認められず、同主張は採用できない。

(4)  したがって、本件審決が、原告が本件審判を請求するについての法律上の利害関係を有するものとは認められないとしたことは、請求人の資格についての判断を誤ったもので違法といわなければならない。

3  よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 西田美昭 裁判官 島田清次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例